
Barダニエルズ|感情パイセンの一日 ~え、俺なかったことにされた?~
朝。
カーテンの隙間から差し込んだ光が、感情パイセンの顔を直撃した。
感情パイセン
「……まぶし。」
枕元のスマホを見る。
午前九時十二分。
感情パイセン
「まあ……まだ朝だろ。」
アラームを止めた記憶はない。
だが止まっている。
感情パイセン
「俺が止めたんだろうな。」
十秒後。
感情パイセン
「……あと五分。」
次に目を開けたのは九時四十七分だった。
感情パイセン
「うわ、寝すぎた。」
特に予定はない。
それでも、寝すぎたことには少し腹が立つ。
朝の一本
適当に顔を洗い、窓を開ける。
少し湿った朝の空気。
感情パイセンは煙草に火をつけた。
感情パイセン
「……うめぇ。」
一口吸って、ぼんやり外を見る。
スマホには経済ニュース。
株価。
為替。
海外市場。
感情パイセン
「朝っぱらから数字ばっか見て、よくやるよなぁ。」
二つほど見出しを読んだところで飽きた。
感情パイセン
「散歩でも行くか。」
どこへ?
決めていない。
必要もない。
財布とスマホをポケットへ突っ込み、そのまま外へ出た。
猫には嫌われる
大通りには出ず、なんとなく細い路地へ入る。
理由はない。
そっちへ行きたかったからだ。
しばらく歩くと、塀の上に一匹の野良猫がいた。
感情パイセン
「お。」
猫がこちらを見る。
感情パイセン
「おー、お前かわいいなぁ。」
しゃがむ。
猫は逃げない。
感情パイセン
「ほら。こっち来いって。」
手を伸ばす。
猫
「シャーーーーッ!!」
感情パイセン
「うおっ!?」
猫は塀の向こうへ消えた。
感情パイセン
「なんだよ!!」
立ち上がる。
数歩歩く。
感情パイセン
「……まあ、そういう日もあるわな。」
さらに数歩。
感情パイセン
「でもシャーはねえだろ。」
まだ根に持っていた。
限定という言葉
喉が渇いた。
自動販売機がある。
いつもの缶コーヒーに手を伸ばしかける。
その隣。
期間限定。
桃と何かを混ぜた、妙に鮮やかな炭酸飲料。
感情パイセン
「……。」
缶コーヒーを見る。
限定を見る。
感情パイセン
「限定って書かれたら買うだろ普通。」
買った。
一口飲む。
感情パイセン
「…………。」
もう一口。
感情パイセン
「普通のコーヒーにしときゃよかった。」
だが全部飲む。
捨てるのはもったいない。
そこだけ妙に理性的だった。
コロッケは予定にない
商店街を歩く。
揚げ物屋から匂いが流れてきた。
感情パイセン
「……いい匂いすんな。」
腹はそれほど減っていない。
店頭を見る。
揚げたて。
感情パイセン
「一個くらいいいだろ。」
買った。
歩きながら食べる。
感情パイセン
「うめぇ。」
二分前まで食べる予定などなかった。
だが今は満足している。
感情パイセン
「こういうのでいいんだよ。」
誰に言っているのかは分からない。
最近、あいつが冷たい
夕方。
何となく歩いているうちに、見覚えのある裏路地まで来ていた。
少し先に、Barダニエルズの灯りが見える。
感情パイセン
「……そういや最近行ってねえな。」
足が止まる。
感情パイセン
「つーかよ。」
誰もいない路地で一人、ぼやく。
感情パイセン
「最近SFTが俺の言うこと全然聞いてくれねえんだよな。」
少し考える。
感情パイセン
「……いや、前からそんな聞いてなかったか?」
さらに考える。
感情パイセン
「でも昔はもうちょっと俺の出番あっただろ。」
利益が出れば、
もう取っちまえよ。
負ければ、
取り返そうぜ。
含み損なら、
もう少し待てば戻るって。
金曜なら、
今日は勝って気分よく終わろうぜ。
感情パイセン
「最近なんかよぉ……俺が口出す前に注文入ってんだもん。」
ため息。
感情パイセン
「場中も見ねえし。」
もう一度ため息。
感情パイセン
「俺の仕事なくね?」
そのままBarの扉を開けた。
久しぶりの来店
感情パイセン
「うーっす。」
ジェニー
「あ。」
ジーク
「お?」
シェリー
「あら。」
チャップリンは奥の席で静かに顔を上げた。
カウンターの端では、三匹が何かを食べている。
感情パイセン
「……。」
たしカニ。
そうカモ。
まあいイカ。
感情パイセン
「お、つまみ増えたの?」
たしカニ
「確かに。いや違います。」
そうカモ
「食べ物じゃないカモ。」
まあいイカ
「イカだけは若干ややこしイカ。」
感情パイセン
「カニとカモとイカ並べといて無理あるだろ。」
たしカニ
「ちなみにカモが一番美味しい食材です。」
そうカモ
「余計なこと言わなくていいカモ!」
まあいイカ
「全員危なイカ。」
感情パイセン
「お前ら大変だな。」
シェリー
「はいはい。久しぶり。」
感情パイセン
「お。」
シェリー
「そこ座って。あとちょっとタバコ臭い。」
感情パイセン
「外で吸っただけだろ。」
シェリー
「臭いものは臭いの♡」
感情パイセン
「相変わらず容赦ねえな。」
シェリーはそれだけ言うと、ジェニーと一緒に店の仕事へ戻った。
感情パイセン
「……つーか姉ちゃん、まだ普通に働いてんの?」
ジェニー
「しばらくいるらしいよ。」
感情パイセン
「そういう設定になったの?」
シェリー
「昔からよ♡」
感情パイセン
「あ、そこ触れちゃダメなやつ?」
ジェニー
「うん。」
猫の話
たしカニ
「今日はどこ行ってたんですか?」
感情パイセン
「適当に散歩。」
まあいイカ
「目的地はなイカ?」
感情パイセン
「散歩に目的なんかいらねえだろ。」
たしカニ
「確かに、何かありましたか?」
感情パイセン
「猫に嫌われた。」
そうカモ
「少し猫の気持ちわかるカモ」
感情パイセン
「いや何もしてねえよ。かわいいから撫でようとしただけ。」
たしカニ
「許可は取りましたか?」
感情パイセン
「猫に!?」
たしカニ
「そこです。」
感情パイセン
「お前、カニのくせに妙にちゃんとしてんな。」
ジーク
「ギャハハハハ!! 猫にまで感情で突っ込んで拒否されてやがる!!」
感情パイセン
「うるせえよ。」
最近SFTが構ってくれない
ジェニーが飲み物を置く。
ジェニー
「で、今日はどうしたの?」
感情パイセン
「いやー、それがよ。」
グラスを一口。
感情パイセン
「最近SFTが俺の言うこと聞いてくれねえんだよ。」
ジェニー
「最近?」
感情パイセン
「最近。」
ジェニー
「もともとそんなに聞いてなくない?」
感情パイセン
「いや昔はもっと可愛げあったんだよ!」
ジーク
「ギャハハハハ!!」
感情パイセン
「利益出たら『もう利食っちまえよ』って言えばよ、ちょっとくらい迷ったし。」
「含み損なら『もうちょっと待てば戻るって』って言えば、ソワソワしたし。」
「負けた日なら『一回取り返そうぜ』って言えば、ちょっとくらい俺の方見たんだよ。」
ジェニー
「それ、構ってもらってたんじゃなくて事故寸前だったんじゃない?」
ジーク
「ギャハハハハ!! 全部ろくでもねえじゃねえか!!」
感情パイセン
「でも最近なんかよぉ。」
「俺が『もう取っちまえ』って言っても、最初から利確注文入ってるし。」
「『切るのやめようぜ』って言う前に逆指値入ってるし。」
「そもそも場中見てねえし。」
ジェニー
「うん。」
感情パイセン
「俺の出番ねえじゃん。」
少しだけ寂しそうだった。
え、俺なかったことにされた?
感情パイセン
「しかもさ。」
ジェニー
「まだあるの?」
感情パイセン
「俺、最近全然出てなくね?」
ジーク
「知らねえよ。」
感情パイセン
「いやおかしいだろ。」
「一時期ちゃんと出てたんだぞ俺。」
「結構いいことも言っただろ。」
ジェニー
「何言ったっけ?」
感情パイセン
「おい。」
ジェニー
「冗談冗談。」
感情パイセン
「でよ。」
「この前なんか全員集合とかやってただろ?」
「いろんな奴呼ばれてたじゃん。」
ジェニー
「あー。」
感情パイセン
「俺、呼ばれてねえんだけど。」
ジーク
「ギャハハハハハハ!!」
感情パイセン
「笑うな!!」
「“全員”ってなんだよ!!」
そうカモ
「全員ではなかったカモ。」
まあいイカ
「まあいイカ。」
感情パイセン
「よくねえよ!!」
たしカニ
「存在自体を無かったことにされた可能性が珍品堂ではよくありますね。」
感情パイセン
「お前が一番ひどいな!!」
そうカモ
「僕らも一時期無かったことにされてたカモ」
たしカニ
「確かに」
でも、俺って悪い奴か?
少し騒いだあと、感情パイセンはグラスを傾けた。
感情パイセン
「でもよ。」
「俺、そんな悪いこと言ってるか?」
ジェニー
「ん?」
感情パイセン
「利益出たら嬉しい。」
「損したら嫌だ。」
「猫かわいかったら触りたい。」
「コロッケうまそうなら食いたい。」
「限定って書いてあったらちょっと気になる。」
「嫌なことあったらムカつく。」
「上手くいったら気分いい。」
「普通だろ?」
ジェニー
「まあ……普通。」
感情パイセン
「だろ?」
ジーク
「少なくとも猫への距離の詰め方以外はな。」
感情パイセン
「猫の件まだ言う?」
ジェニー
「感情なくなったら、それはそれでつまんなそうだよね。」
感情パイセン
「だろ!?」
「俺なしで生きてて楽しいの?」
ジェニー
「それはちょっと困るかも。」
感情パイセン
「ほら見ろ。」
急に得意げになる。
シェリーが横を通り過ぎた。
シェリー
「でも相場の注文には口出ししない方がいいわね♡」
感情パイセン
「姉ちゃんまで!?」
シェリー
「だってあなた、すぐ気分で変えるじゃない。」
感情パイセン
「気分って大事だろ。」
シェリー
「生活ではね♡」
そのまま去っていった。
感情パイセン
「……なんだよ。」
ジーク
「ギャハハハハ!! 完全に役割分担されてんじゃねえか!!」
クビではない
ずっと話を聞いていたチャップリンが、ようやく口を開いた。
チャップリン
「お前さん、居場所を失ったわけではないじゃろ。」
感情パイセン
「え?」
チャップリン
「席を移されたのじゃ。」
感情パイセン
「席?」
チャップリン
「猫をかわいいと思うのもよい。」
「コロッケの匂いに負けるのも、まあよかろう。」
「悔しがるのも、喜ぶのも、腹を立てるのも、人間には必要じゃ。」
感情パイセン
「だろ?」
チャップリン
「じゃが。」
「注文画面の前だけは、別の席に座っておれ。」
感情パイセン
「…………。」
ジェニー
「あー。」
ジーク
「ギャハハハハ!!」
感情パイセン
「俺、相場だけ出禁?」
チャップリン
「出禁ではない。」
「注文権限がないだけじゃ。」
感情パイセン
「もっとひどくね?」
ジェニー
「見るだけならいいんじゃない?」
感情パイセン
「見るだけって一番つまんねえんだよ。」
ジーク
「だからお前にボタン触らせたくねえんだろ!!」
帰る前に
夜も遅くなった。
感情パイセンは立ち上がる。
感情パイセン
「じゃ、帰るわ。」
そうカモ
「また来るカモ。」
まあいイカ
「今度は食材扱いしないでほしイカ。」
たしカニ
「確かに、猫にも適切な距離を。」
感情パイセン
「お前ら最後までうるせえな。」
扉に手をかける。
ふと振り返る。
感情パイセン
「……なあ。」
ジェニー
「なに?」
感情パイセン
「俺、ほんとになかったことになってないよな?」
ジェニー
「今日一本丸々主役だったじゃん。」
感情パイセン
「……そうか。」
少し笑う。
感情パイセン
「じゃあいいや。」
扉を開ける。
そして一歩外へ出たところで、また顔を出した。
感情パイセン
「つーかSFT、今日も来ねえの?」
ジェニー
「今日は来ないよ。」
感情パイセン
「あいつマジで俺に冷てえなぁ。」
ジーク
「ギャハハハハ!! だから最初からそんな構ってねえって!!」
感情パイセン
「うるせえ!!」
扉が閉まった。
本日の貼り紙
感情は、消すものではない。
ただし、注文ボタンまで渡す必要もない。